自己紹介
はじめまして。ぐりこと申します。
私は50代、夫と2人の子どもがいるワーキングマザーです。
1人目と2人目は8歳違いで、一人っ子が2人いるような感じの子育てでした。
1人目の子が9ヶ月から仕事を再開し、第2子出産や乳児の子育てで時々無職になるものの、基本的にはずーっと働きながら子育てをして来ました。
今から思えば、毎日毎日ほんとに大変でしたよ~(^_^;)
朝起きて保育園連れてって、出勤して仕事して、保育園の時間に間に合うように帰って迎えに行って、子どもと買い物行って、家帰ったら晩御飯作って洗濯回して保育園ノート書いて・・・
もうね、毎日戦争っていうけど、本当にそんな感じ。
我々世代の皆さんならわかってくれると思うけど、今みたいに家事育児を積極的に手伝う夫はそれほどいない時代でした。
いや、うちの夫もそこそこはやってくれたけど、今の夫みたいに育休取ってくれたりはしなかったです。夕飯作ってくれたりとか、ウンチのおむつ変えなんか全くしませんでしたね。
まず、男が育休取れる時代じゃなかった。
そもそも、母親ですら「育児休暇」なんか取れない時代でした。
妊娠したら空気読んで退職するのが当たり前だった時代です。(公務員は取れてたようでした)
私はいちおう一部上場企業に勤めていましたが、それでも育休なんかとてもじゃないけど取れませんでしたね。就業規則には書いてあったけど、取る人見たことなかったです。。
それに、夫も毎日残業して帰宅が早くて9時、遅くて11時、12時とかだったから、
「私ひとりに育児も家事も押し付けて!あんたもやりなさいよ!ワンオペ反対!キエ~ッ!!!」
なんて発狂することは出来んかったですね。
まあそんなこんなで色々ありまして、やっと上も就職、下も大学生になり、
「もうそろそろ自分のやりたかった仕事に戻りたいわ」
と思ったら、今度は体がついていかないというね(苦笑)
私は若い頃、ずっと機械系のCADオペレータとして働いていました。
最高残業55時間というハードな職場でしたが、毎日知識が増えていく楽しさ、出来る事が増えていく喜びがあって、大変ではありましたが毎日が飛ぶように過ぎていったのを覚えています。
体感としては「えっ?もうお昼」「えっ?もう3時?」「えっ?ちょっ・・・9時過ぎてるやん!」
みたいな感じで毎日が過ぎていく感じです。
でも時間が過ぎるのが早いから疲れないんですよ。
その後、結婚して子育てに入ると、残業のあるCADの仕事は選べなくなり、普通の事務職で勤めることになりました。
でもここが、一日中仕事が無い!とかが結構あって、その方がしんどかった。
毎日やることないのに仕事してるフリを8時間するというのは拷問です。
でも子育て中だから、基本休みが取りやすくて、残業のない仕事にしか就けなかったんですよね。
その頃は、「子育てが一段落したら、やりたかった仕事に戻ろう!」というのが夢でした。
で、あれから約30年。
「さあ、戻れるよ!好きに仕事選んでいいんだよ!」
と思い、転職活動をスタートさせてみたものの、ハローワークでも派遣会社でも見事に「お祈り」されます。
「お祈り」というのは会社のお断りの定型文に「今回はダメだったけど、益々のご活躍をお祈りしております」っていうやつの事を指して言うんですってね。確かに。数えきれない会社からめっちゃ祈られましたわ。
でもね。
ちょっと待って・・・?
いや、出来るよ?確かに50過ぎて老眼とかも出てきたけども、仕事出来るよ?
祈られる度、そう思うし、言うんですけど、世間はやっぱり50過ぎると採用を見送るところって多いんですよね。
特に正社員なんかだと、35歳以下。まあまあ年とっても45歳くらいまでしか採用してくれません。
わかった。それなら派遣でいこう。
派遣会社は相手先企業に派遣される人の年齢は伏せて紹介しますから、まだ面接まではこぎつけやすいと思うのですが、それでも相手先企業が「50代などいらぬ!」と思うようなところだと、紹介には至りません。
それでもあの手この手で頑張るんですけど、50代過ぎると若い頃のような頑張りが効かなくなるんですよね。
もし採用されたとしても、昔みたいに仕事と家事両立はおそらく出来ないわ・・・と思うようになりました
家事なんかせんでもええやん(いや、あかんよ?)と思うけど、家事はおろそかにしてはならないと思い知らされる出来事が起きました。
うちの家族を恐怖のどん底に陥れた、「パンツ消滅事件」です( ̄_ ̄|||)
洗濯が間に合わず、替えのパンツが無くなったという事件です。
いちおう弁護しますが、洗濯は必要最小限やってたんです。忙しかったので回数を減らして。そして一気に大量の洗濯をしたものの、梅雨で外に干せなくて家の中に干すはめに。
当然、なかなか乾かなくてパンツ消滅・・・という事でございます。
この事件後、友人に「パンツが無くなった事件が起きた」と話したら、「下着ドロボーにやられたんか!」と勘違いされて大笑いになった事がありました。
違います。洗濯が間に合わなかっただけです(T_T)
それからは十分気を付けております。
まあそんな話はどうでもいいのですが・・・
私はまたCADの仕事に復帰して、今度は3D-CADをやってみたいという希望がありました。
今までは2Dの図面をメインで描いていたのですが、私が現場から退いている間に、世の中では3Dがメインになってきていたんですね。
Solidworksという3D-CADで有名なソフトがありまして、その使い方も職業訓練で学んだりしまして、一時期はそれで転職活動をしていたんですね。
でも、なかなか実務経験がないと3D-CADの仕事では採用されませんでした。
一度Creo elementsという3D-CADを使ってモデリングをするような仕事にありついた事もあったのですが、CADがマイナーすぎて職務経歴に入れてもスルーされてしまいました・・・
やっぱり有名どころのソフトを使って職務経歴を積むというのが大事ですね。
その後も色々採用されたり、ダメだったりとあったのですが、採用されても通勤が遠すぎたり、時給が安過ぎたりと条件が合わなくて、結局は仕事内容より自分の生活スタイルに合わせた仕事を選び、そこで落ち着く事になってしまいました。
その結果、今は研究補助という名のデータ作成といいますか、事務職みたいな仕事をしています。
コロナ禍で在宅勤務になったんですが、仕事の合間に家事も少しは出来ますし、何と言っても通勤がないのが素晴らしいです。通勤だけで片道1時間近くは取られたりしますからね・・・
仕事は絶対CADの仕事のほうが面白いのはわかってるんですが、機械CADで在宅って無理なんじゃないかなあ。基本設計の部署で働きますから、在宅だと機密がヤバいんじゃないかと思います。私の友達のCADオペの人も、コロナが発生してから2年ほど経ちますが、ずっと会社勤務してますし。
50代も半ばになってくると、定年がもう見えてくる年齢ですよね。
気持ち的には17歳くらいから何も変わってないんですけど(厚かましい(笑))、この年でしか出来ない事、この年だから出来なくなった事、いろいろと思い知らされる事がありました。
このブログは「40代、50代女性の仕事探し」というのがメインですが、自分の今までやってきた仕事の事とか、子育てと仕事の両立で大変だった事とか、私の友達の武勇伝とか、いろいろ面白い事がたくさんあったので、それを世の中に知らしめてやりたいという思いで立ち上げました((´∀`))
同年代の皆さんと共有してみたいという顕示欲にかられまして(笑)
私や友人の経験が、これから仕事を探そうと考えている方のお役に立てるかもしれません。また、派遣、正社員のような雇われの身分ではなく、副業で身を立ててる知り合いもおります。
50代なんて、人生80年からすると、まだ半分をちょっと過ぎたくらいの若造です。
そう考えるとね、私も「転職転職」と叫びながらこの年まで来ましたけど、もっと大きなくくりで「生き方」と言いますか、「死ぬまでに本当は何がしたい?」みたいな事まで考えるようになって参りました。
最近は趣味を仕事にすることが本当に出来る世の中になってきたと感じております。勤める以外にも、個人が起業して稼ぐのに便利な媒体もたくさんあります。
メルカリやヤフオクで不用品を売ったり、転売を商売にして稼いでいる人もいるし、YouTubeで配信をして稼いでいる人もいます。
もちろんWEBサイトを作って自分の店を開いて趣味のものを売ったり、広告収入で稼ぐ人もいます。
まあどんな仕事を選んでも死ぬほど大変だとは思うのですけど、今の時代、就職しなくてもこれだけ収入を得る方法があるんですよね。自分の好きな事であったり、得意なことが仕事に繋がったらすごく嬉しいと思いませんか?
私はそういう仕事探しもしていきたいと考えています。
すごく優秀で一部上場企業に勤めて、年収1千万超えるような人は、そのまま定年まで爆走していただけたらと思いますが、私と似たような同志の皆さんであれば、旦那さんの収入+自分のパート代月10万円とか、旦那さんの収入+自分のフルタイムの収入月20万、くらいの方が多いんじゃないかな?
同年代の方だと、子どもの大学の学費が重く重くのしかかっていると思います。ですよね?
うちも下の子が私立だったから、年間130万くらい飛んでいきます。私立理系で高い所だと年間170万は吹っ飛びますよね。ほんとお金はいくらあっても困らないです。
なので、今勤めてる仕事+何か自分の趣味や得意分野を生かせる副業で月10万でも稼げたらいいなと思って、日々情報収集を怠らず、頑張っているのですよ。
そんな情報も発信していけたらいいなと思ってますので、よろしくお願い致しますm( _ _ )m